تسجيل الدخول足音がやけに響く。
砂利を踏むたびに「お前、場違いだぞ」と、言われてる気がする。まあ実際そうだ。
夜中に倉庫街をうろつくまともな市民なんざいない。風が吹けば板壁がぎしりと鳴り、錆びた鎖がどこかでカランと揺れる。
衛兵の松明が遠くを照らしては消え、影ばかりが長く伸びる。「やっぱ来るんじゃなかったな」
ぼそっと漏らしても、答えるやつはいない。
答えられたら、それはそれで怖い。鼻をかすめるのは、木箱と古い油のにおい。
人の気配は……ない。あるのは静寂だけだ。
その静寂が、逆に胸の奥をざわつかせる。青白い光を見たって噂が立つのも、まぁ頷
「私も魔術師の端くれですが、街の危機と研究。どちらを取るべきかは、わかっているつもりです」 「ハ、ハクユウ殿……」 ウィザーズの職員が青ざめて声を失う。 さっきまで強情を張っていたのが嘘みたいだ。 ……さすがに、先生まで出てきちゃぁ、お手上げだろう。 俺は心の中で肩をすくめた。 これで研究バカ連中も、観念するしかない。 奥から、職員の一人がご丁寧に布にくるまれた鍵を差し出した。 課長はそれを受け取り、短く頷く。「よし。アル、戻るぞ」 課長の声が飛ぶ。 俺も頷いて踵を返そうとしたとき、後ろから呼び止められた。「アル、気をつけるんだよ」 ……おいおい先生。俺が行くこと前提みたいに言わないでくれ。 振り返れば、ハクユウがにこりと笑って送り出していた。 あの穏やかな笑顔が逆にプレッシャーだ。 ため息をひとつ、俺は課長とともにウィザーズギルドをあとにした。 ◇ ◆ ◇ 広場へ足早に戻ると、そこには食事を受け取る警備隊に混じって、ガーの親分の姿もあった。「おう、マルセル。どうだった?」 「ったく、最後まで強情に渡そうとしなかったぞ」 心底呆れた顔で、課長が肩をすくめる。「そりゃあな。あいつらはほんと、魔術にしか興味ねぇからな」 親分が鼻を鳴らした。 ……全く同感だ。 そう考えると、ゼットって元ウィザーズなのに柔軟な方だよな。 変人だけど、話が通じる分、ずいぶんマシに見える。「さて、どうするか?」 親分が、あぐらをかいて課長に尋ねる。
課長を探して、俺はウィザーズギルドへ向かっていた。 こうしている間にも、狂信者たちは悪魔召喚の儀式を着々と進行中かもしれない。 そう思うと、自然と足早になる。 ……ほんと、ロクなことしないよなアイツら。 中央通りから東に進めば、遠目でも目立つ塔が見えた。 空に突き刺さるようにそびえていて、窓は少なく、壁面はやたらに黒光り。 まさに「魔術師が住んでいます」って自己主張している建物。 こういうの、普通の人間からしたら威圧感バッチリなんだろうが……俺からすると、趣味悪い石細工にしか見えん。 入り口には、装飾過剰な鉄扉。 両脇に立つ魔術師崩れの見張りは、ローブに袖を通しただけの青白い男どもで、目つきだけは、やたらと鋭い。 中に入れば入ったで、怪しい薬草と古紙の匂いが鼻をつくんだろうな、と想像できる。 いかにも魔術師が居そうな塔だよな。 まぁ、居るんだけどさ。 俺は深く息を吐き、鉄扉の前に立った。 さて、課長は居るだろうか。 鉄扉を押して中に入ると、すぐに空気が変わった。 埃と古紙の匂いに湿った石の冷たさ。 いかにも魔術師が集まってますって雰囲気だ。 で、次の瞬間――「だから言ってるだろっ! 研究などと、そんな場合じゃない。すぐに移送しなければ大変なことになるとっ!」 廊下の奥から、課長の怒声が響いてきた。 ……ああ、なんかやってんなぁ。「しかし、これは貴重な研究対象に……」 「この研究馬鹿どもがっ! 街を死の都にしてぇのかっ!」 言葉の応酬が壁を震わせて届いてくる。 俺は柱の陰に立ち止まり、頭をかきながらため息をついた。 ……間違いない。ウィザーズどもは今日も通常営業だ。
ギルドを飛び出し、夜の街を駆け抜ける。 鐘の余韻がまだ耳に残っているのに、足は勝手にゼットの店へ向かっていた。 扉を乱暴に押し開けると、中からは油と鉄の匂い。 ……作業中で助かったぜ。 並んだ魔道具の山の奥、ゼットが振り返った。「ゼット! この地図に描かれた魔法陣を見てくれっ!」 「……急だな」 返事は冷静そのもの。 まぁ、いつものことだ。 俺は課長の机から拝借してきた地図を広げる。 作業の手を止めたゼットが、ランプの光をかざしてじっと地図を見つめた。「地図の縮尺が正しいかは別として……確かに魔法陣に見えるな」 背中に嫌な汗が滲む。 やっぱり、そう見えるのか。「効果はわかるか?」 つい声が荒くなる。 ゼットは顎に手を当て、真剣な顔で地図を眺めていた。「……禁忌の系統だな。あくまで可能性だ」 ゼットの低い声が店の奥に響く。「禁忌……つうことは……悪魔召喚か?」「何かまではわからん」と、ゼットは首を横に振る。「だが、こういった儀式的な魔法陣は、何か鍵となるものと、大きな贄が必要だ」 「鍵と贄……」 思わず息を呑む。 ……あるじゃねぇか。 街に積み上がった大量の死体。 そして、意味不明な鍵。 条件は揃っている。「なぁ、魔法陣の外に鍵を出したらどうなる?」 俺の問いに、ゼットは一拍置いて答えた。「目的のものを召喚するのは、高確率で失敗するだろうが……」 「だろうが?」 「何かしら……余波があるだろう」
ナックの言葉に、ハクユウが手を止めてこっちを見た。 目が鋭い。 壊すのは一見合理的だが、魔道具の性質次第で炸裂したり反動を起こす恐れがある。 俺もそれは考えていた。 スープの湯気の向こうで、ハクユウの口元が小さく「駄目だ」と動くのが見える。「そりゃ、危険すぎる。何が起こるかわからん爆弾を、壊す気にはなれねぇよ」 「駄目かぁ……」 ぶっちゃけ、結界で封印って手もある。 だが、だれが責任持って維持すんのかって話になる。 今の議会じゃ、責任のなすり合いが関の山だな。 ナックが黙りこくってスープをすする。 ふたりで沈黙が続くと、時計のように遠くで鐘が鳴った。 体が小さく跳ねる――やることは尽きない。 結局壊すか、どこに移すかってことだな。 俺は腰を上げると、辺りを見渡し課長を探す。 「アル、どっか行くのか?」 「あぁ、ちょっと課長のとこ」 「はいよ、行っといで。課長によろしく~」 ナックがスプーンを置きながら言う。 悪びれもない他力本願さ。 さすがはナック。 俺はそれを無視して立ち上がる。 腰がギシッと鳴ったけど、気のせいだ。 たぶん。 ◇ ◆ ◇ 広場を抜けてギルドのへ向かう。 人影は、まばらだ。 治療で走り回ってる連中以外は、皆それぞれの仕事で忙しい。 誰も俺の「お使い」を止めないのは、ありがたい。 ギルドの扉を押すと、中は書類の山と使い古された地図。 そして、使いかけのインク壺。 肝心のマルセル課長の椅子は空っぽだ。 机にはコップが倒れ、ペンで走り書きされたメモが一枚、紙縁に挟んである。 ――ウィザーズギルド。 緊急。 鑑定急行。 移送ルート案は二案。
夜は静かに眠るもの――なんてのは昔の話だ。 今のペテルじゃ、鐘が鳴るたびに心臓が跳ね上がる。 南だの西だの、あっちこっちで魔物が散発的に突っ込んでくるせいで、休まる暇が一切ない。 ……ああ、はいはい。わかってますよ。 でもな、俺だって人間なんだ。 眠いときは眠い。 魔物の死体は積み上がり、片っ端から焼却。 人間の遺体には聖水をかけて回る。 神父でもシスターでもないのに、すっかり神聖業務に就任だ。 バイト代ぐらい、上乗せしてくれてもいいと思うんだが。 道端ではテッタが大鍋を抱えて「はいはい! 肉団子スープ追加ね!」と声を張り上げている。 あの元気、どこから湧いてくるんだ。 少し離れた広場じゃ、ハクユウをはじめとした治癒士たちが、治療に追われている。 次から次へと傷だらけの兵士が担ぎ込まれてきて、まるで割引セールの行列だ。 で、俺はといえば――ご想像のとおり、ぐったりだ。 腰を下ろすたびに「アル、こっち手伝え」だの、「アル、補充はまだか」だの呼ばれる始末。 俺は警備隊でも、冒険者でもないっての。 もしかして俺、街で一番便利に使われてないか? ◇ ◆ ◇ やれやれ、ようやく腰を下ろせた。 激務明けの足腰ってのは、石のベンチでもふかふかの羽毛布団に思えるから不思議だ。 隣では、ナックがちゃっかりスープ二杯目に突入している。 どんだけ図太い胃袋してんだ、お前。「アル、肉団子うめぇぞ。食っとけ食っとけ」 「お前、ついさっきまで死にかけてなかったか?」 フォークで肉団子を転がしながら、ナックが言う。「腹が減ったら死ぬだろ?」 「そういう問題じゃねぇ」 疲れ知らずのテッタが大鍋を抱えて、あっちこっちへと元気に配給している。
次々と足を絡めとっては、トドメを刺していく。 着実にゴブリンの群れを、東から合流した部隊とともに押し返す。 そして、やっとの思いで西門前の瓦礫の山を越えた時、俺たちは完全に凍りついた。 門の脇に、二回りはでかいワイルドボアが転がっていた。 いや、転がってるって表現じゃ生温い。 体中に槍が突き刺さり、まるでトゲトゲのハリネズミだ。 胸は血に浸ってゆっくり上下するだけ。 生々しすぎる演出だ、勘弁してくれ。「こいつが……城門ぶっ壊したのか?」 つい言葉が漏れる。 ナックも息を切らしながら、口が半開きになってる。 答えを聞くまでもなく、状況が全部物語ってた。 丸太のような太い牙。 あの巨体が突っ込めば、石も木も粉々だ。 もう、猪というより、生きた破城槌だ。 よく見れば、胸のあたりに見覚えのある金属片が刺さっているのが目に入った。 ……こいつもか。 そう考えると、よく持ちこたえたなと思う。 城壁を見上げれば、息も絶え絶えの冒険者たちが肩で息をしていた。 矢筒はもう空っぽ寸前、魔力も底をつきかけてるのが見て取れる。 それでも、西門は――押し返した。 崩れた城門の前には、ゴブリンと大蝙蝠の死骸が山を成し、血と煙の臭いが漂っていた。 ……息を吸うのも嫌になるな。 結論から言えば、南の悪魔は幻術を使った陽動。 本体は――最初から西門だったようだ。 ……ったく、わざわざ南に走らせておいて、こっちが本隊かよ。 瓦礫と死骸を踏み越えて、まずは被害の確認だ。 耳を澄ませば、泣き声や悲鳴はもう聞こえない。 市民の姿も見当たらない。 避難は完了している。 少なくとも、一般人にほぼ被害は出
「……ああ、見つけたぞ、クソッタレ」 吐き捨てる声が、自分でも低くなるのがわかる。「どっちだ……」 息を押し殺して魔力感知を発動する。 ……あっちの弱い反応は、群れてるゴブリンたち。なら、本命は逆か。 森の奥を睨む。 嫌な気配にぞわりと寒気が走る。「……あっちか」 一気に駆け出す。 枝を避け、土を蹴る。 その瞬間、頭の奥にガン
ギルドを出て真っ先に向かったのは道具屋。 扉を開けると、相変わらず渋い声が飛んできた。「また来たのかい」 「まあな。ちょっと追加でな。で、匂い消しと痺れ草、あるか?」 「あるよ……なんだ、ゴブリンか?」 さすがタマ婆。 伊達に年季は食ってねぇ。 俺の買う道具を見りゃ、相手が何かだいたい察してしまう。 この街でそういう芸当ができるのは、この婆さんくらいだろう。 代金を置くと、タマ婆が小さく鼻を鳴らした。
ギルドの扉を開けると、相変わらずの雑多な喧騒。 冒険者どもは昼間から酒をあおり、受付嬢はげんなりした顔で相手をしている……まあ、平常運転だ。 奥の部屋に入ると、マルセル課長が書類とにらめっこしていた。目の下のクマも健在。「戻りました」「どうだった?」「ワイルドボア三体、処理済みです……ただし、いくつか異常がありました」 課長のペンが止まる。 俺は指を折りながら、淡々と報告し
街道をトボトボ歩きながら、片手にテッタの弁当。 仕事帰りに食うメシってのは、やっぱ格別だな。 まずは、おにぎりをひと口。「……うまいな」 塩気がちょうどいい。 噛むたびに米の甘さが広がって、胃袋がやっと人間に戻った気がする。 次は唐揚げ。「……これもうまいな」 衣はカリっと、中身はジュー







